| -For 栞さま- [1] -プロローグ- 「待って。母さん。何処に行くの!?」 叫んで呼び止めても母親は一切俺の方には振り返らない。 必死で追い掛け、引き止める為にその手を握ったら、思いっ切り振り払われた。 その時俺を見た母親の、悲しそうな……、それでいて何処か脅えている瞳が忘れられない。 母さん……。そんなに俺の事が嫌いなの? ********** 「今なんと言った? もう一回言って見ろ」 萱崎忠士(けんざき ただし)は書類から顔も上げんと何時もの抑揚の無い声で問い質してきた。 「そやから、俺の子が出来たんやて!」 「お前さぁ〜。男の嗜みとしてコンドーム着用は礼儀よ」 やけくその様に怒鳴った俺に面白そうに喋り掛けてきたんは、忠士と同じクラスで連れの瀬上浩人(せがみ ひろと)やった。 瀬上浩人は俺と同じ―――いや、俺以上の節操無し男だ。 なんせ気に入ったら女でも男でも喰うという、俺には理解不能の人種や。 「煩いわっ! 変態は黙っとれっ!」 「うっわぁー。酷いわ。この人。ねぇ〜忠士ぃ〜」 俺が怒鳴ったら、瀬上浩人は態とらしくオカマ口調で萱崎に助けを求めた。 ほんま厭味な奴やで。俺がホ●とかオ●マとか大嫌いなん知っとるやろ。 尤も萱崎は瀬上浩人なんか相手にもせんと、只管書類整理をしている。 「なんでさっきから萱崎が生徒会長がやる仕事してるん? 萱崎、生徒会会計やん」 「生徒会長が無能だから仕方ないだろう」 だったらなんで生徒会長にならへんかったんや? クラスの奴の殆どから『生徒会長候補』として挙げられてたのに自分で断ったそうやないか。 「なんで生徒会長にならへんかったんや? 自分」 書類から目を離さない萱崎の顔を覗き込む様にして訊ねたら、萱崎がしている眼鏡を軽く押し上げて顔を上げ、溜息を吐いた。 ≪BACK NEXT≫ ≪TOP |