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「神凪朋弘。明日の土曜日は俺の荷物持ちをする様に」

「はあ?」

 金曜日の放課後。倶楽部の練習が終わって行き成り飯島賢にそう言われた。

「何それ? なんで俺があんたの荷物持ちなんかしなきゃいけないんだよ!?」

「それは俺が土曜日に買い物に出る予定だからだ」

 飯島賢はさも当然という風に威張って言うが、だからなんでそれに俺が同行して荷物を持つんだ?

「神凪朋弘。逆らうなよ? 逆らうとこの間より酷い目に遭うぞ」

 と脅される。

 っていうか。

「も、もしかしてこの間の事はあんたの差し金か!?」

「何?」

 一瞬。飯島賢の顔色が変わった様な気がした。

「だ、だからあんたが自分のファンクラブに頼んで俺を脅かしに掛かったのか?」

 今度ははっきり飯島賢の顔が不愉快そうに歪められた。

「お前。俺の事をそんな風に思っていたんだな」

 そう言うとクルッと俺に背を向けた。

 って、あれ?

「ちょっ、ちょっと待ってよ。買い物はどうすんの?」

「俺みたいな卑怯者と買い物なんかごめんだろ? もういいよ」

 俺の方に振り向かないでそう言われた。

「まっ、待って! 御免! その……、俺の誤解みたい」

 何を必死になって追い掛けてるんだと思いつつ、何故かそのまま背を向けられるのが厭だった。

「何。急に」

 俺の声に振り向いた飯島の声は凄く冷たい。

「て、てか。あんな言い方したら誰だって誤解すると思う」

 今度は俺の方が不貞腐れた様にボソボソ言えば、飯島賢が苦笑した。

 何故かな……。その顔がすげぇー格好いいとか思っちゃった。

「それもそうか。けど俺じゃないぜ。俺なら正面切って虐めるよ。お前だけは」

 なんでこんな性格の悪い奴を一瞬でも格好いいとか思っちゃったんだ。

 いや、実際格好いいんだけどさ。厭な奴だぜ。

「じゃあな。明日は寝坊なんてふざけた事は許さないからな」

 それだけ言うと飯島賢が俺の前から去っていった。

 っていうか。しっかり荷物持ちの約束させられたじゃん。俺の馬鹿!








「ま、まだ買うの?」

「なんだ。でかい図体して根性ないぞ。お前」

 だって飯島賢の買う本って重い本ばっかなんだぜ。

 グラフィティとかの本って全ページ写真だったりカラーページだったりして異常に重い。その重い本を何冊も買うんだぜ。本の入った袋を持った両手が千切れそうだ。

「これ、これ。この会社に目を付けてるんだ」

 飯島賢が手にした雑誌を俺に見せる。

 そこには濃い顔をした一人のオッサンが写っていた。

「誰?」

「知らないか? 今話題のデザイン事務所【アッシュベル】の社長伊澤眞也だよ」

「デザイン事務所?」

「ああ。まだ小さい会社なんだけど面白い仕事をしてるんだよな」

 飯島賢の顔は今まで見た事もないくらい生き生きして嬉しそうだった。

 なぁ〜んか意外。

 笑ってる飯島賢は凄く可愛く見えた。

 だって何時も意地悪そうな顔しか見てないんだもん。

 だからってこいつを可愛いと思うなんてどうかしてる。

 そう、ついこの間も思ったとこなのに。

 プチショックを受けてる俺に飯島賢が、

「んじゃあ、行くか」

 と言った。

「へ? 何処に?」

「昼飯喰いにだよ。腹減ってないのか?」

 減ってるなんてもんじゃない。

「もう、ペコペコ!」

 俺の言葉に飯島賢が優しく笑った。

 何故かその顔に俺の心臓がドキドキした。

 おかしい。絶対おかしよ。俺。


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