[9]


「神凪朋弘。ちょっと来いよ」

 何とか飯島賢から逃れて食堂にダッシュを掛けてる最中に見た事もない奴から呼び捨てにされ呼び込まれた。

 何だか凄く厭な予感。

 だって俺ってば近道とばかりに人通りの殆どない旧校舎の裏を走り抜けていたんだぜ。

 そこで呼ばれるってどういう事?

 よく見れば相手は何となく見覚えのある奴だ。

 と言っても顔や名前をしっかり知ってるって訳じゃなくって、多分他の運動部系の倶楽部に所属していて、たまに天気の悪い時とか体育館で顔を合わせた事がある。って程度だけど。

 それにしては相手は俺のフルネームをしっかり言えている。

 相手のとてもじゃないけど友好的とは言えない雰囲気に呑まれながら渋々着いて行けば、旧校舎裏の裏庭に連れ込まれた。

 そこには剣呑な雰囲気の連中が居て、俺の顔を見るなり物凄く厭そうな顔をした。

 ってか、んな顔するくらいなら俺の事呼び込むなよぉ〜。って、俺は言いたい。

「お前さぁ〜。先輩に対して失礼過ぎると思わないか?」

 最初に口火を切ったのは陸上部の先輩だった。

 俺はその先輩に失礼な事をした覚えがない。

 って事は多分。俺の飯島賢に対する態度の事を言われているんだろう。

「はあ……」

 なんと答えていいのか判らない俺は曖昧に返事をした。が、これが連中の怒りに油を注いだみたいだった。

「はあじゃねぇよ! いい気になってんじゃねぇーぞ。こら! 飯島先輩が優しいからって付け上がんなよっ!!」

 あいつの何処が優しいんだよ? バリクソ意地悪じゃねぇかよ!

 と思っても口に出せる雰囲気じゃ当然ない。

「いいかぁ。先輩に対する礼儀も守れない様な奴が運動系の倶楽部に入ってるんじゃねぇよ! いい迷惑だから止めちまえよ」

 そう言ったのは陸上部の先輩じゃなくて何処か他の運動系倶楽部の先輩だった。

 なんで俺がここまで言われなきゃなんないんだ?

 そうは思っても多勢に無勢。相手はざっと10人くらい居る。

 そいつらに口汚く罵られて、情けないけど泣きそうになった瞬間。

「ピーチクパーチク煩せぇなぁ〜。なんだぁ〜。さっきから聞いていたら、先輩に礼儀が守れない奴は運動系の倶楽部に入っちゃ駄目だって? だったら俺なんか一番に駄目じゃん」

 ダルそうに現れたのは小城先輩だった。

 小城先輩を見た瞬間。何故か全員顔が引き攣っていた。

「お、小城……」

 誰かが恐々小城先輩の名前を口にした時、小城先輩はニヤッと笑って、

「あんまし騒いでると喰っちゃうよ?」

 連中の前に身を乗り出した。

 次の瞬間には皆それぞれ意味不明の悲鳴を上げてその場を逃げ出していった。

「あんだぁ〜。俺だって好みがあるつーの! 誰でも彼でも喰うかよ。失礼な」

 それを見た小城先輩がブツブツ文句を言ってこの場を離れて行こうとする。

 俺は大慌てで小城先輩を追い掛けお礼を言おうとした。

「あ、あのっ。ありがとうございました!」

 そう言った俺の方を一瞬だけ見た先輩は、

「だからぁ〜。俺の好みは小柄な美少年なの。お前なんか好みじゃねぇから助ける訳ないじゃん」

 とダルそうに言ってそのまま行ってしまった。

「なっ、なんなんだぁ〜!? あの人は?」

 腹が減っていた所為か、気が抜けた所為かよく判らないけど。俺はその場にしゃがみ込みたくなってしまった。


≪BACK  NEXT≫
≪目次
≪TOP