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『朋。朋はお兄ちゃんなんだから我慢しなきゃ駄目でしょう』

『朋! お兄ちゃんは妹を虐めちゃだめでしょう』

『とぉ〜も。お兄ちゃんなんだからもっとしっかりしないと、妹や弟達に笑われちゃうわよ』

『朋。朋はお兄ちゃんなんだから譲ってあげなさい』

『朋―――』








「朋……。朋。とぉ〜も! 朋ってば!!」

 判ってる。判ってるよ! しっかりしなくちゃいけないんだろ!? 判ってる。判ってるからそんなに言わないでよ。

「朋っ! 朝レンはどうするの? サボるの?」

 判ってるって。朝レンだろ……。

 朝レン……。

 朝レン?

「わぁっ!? 朝レン〜〜〜!!」

 ガバッとベッドから飛び起きた俺の目の前に腕組をした保君が居た。

「い、今何時? ま、間に合わないよぉ〜」

 すっかりパニックになって半泣きの俺に保君が溜息混じりに言った。

「だから早い目に起こしてたのに……」

 ………………。ごめん……。保君。








「きっつぅ〜〜〜」

 大辺が水飲み場で頭から水を被っていた。

 確かに早朝とはいえ、6月の末の日差しは強い。

 その中を延々走らされるんだから、俺達陸上部に入りたての1年は殆どバテてる。

 という俺もヘタリこみそうだ。

 なんせ寝坊した御蔭で朝ご飯も食べてない。

 取り合えず水を飲んだらダッシュで食堂に行って何かを喰おう。

 そう思った俺の頭に大きな手が乗せられた。

 それは飯島先輩の手で、おまけにその手は濡れていた。

「なっ、何するんですか!?」

 飯島先輩は濡れた手を俺の髪に擦り付ける様にして押し付ける。

「お、俺の髪はタオルじゃないっすよ!」

 飯島先輩の手から逃れ様と頭を振りながらそう言えば、

「お前のヘボ頭がタオルになるかよ」

 と、冷たく言われた。

 っていうかヘボ頭ってなんだよ!? ヘボ頭って!

「何だよっ! それっ」

 って、噛み付いたら、

「こんなあっちもこっちも跳ねた髪でよく表に出られるな」

 と跳ねた処を思いっ切り引っ張られた。

「いっ、痛い! 痛い! 痛いってば」

 だって寝坊して髪を直してる暇なかったんだもん。

「いい加減、放せよっ!!」

 余りにもしつこく引っ張られるので、切れた俺は飯島賢の手を叩いてしまった。

「いってぇー! こら。何すんだ」

 飯島賢はオーバーに俺に叩かれた手を振って顔を顰める。

「あんたが悪いんだろ」

 俺がそう言えば、今度は両頬をムニっと掴まれて引っ張られた。

「いひゃい(痛い)」

「“あんた”だぁ〜!? 本当に先輩に対する礼儀がなってないよ。お前は!」

 何でこんな奴に礼儀なんて払わなくちゃいけないんだ?

 そう大声で怒鳴りたかったけど、両頬を伸ばされた状態ではろくに声も出なかった。


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