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『惟弦。この馬鹿っ! 心配したんだぞっ! 何処に行っていたんだよっ!!』

『に、にいちゃぁーーー』

 それまで必死で我慢していた涙が急にこぼれ出した。

 兄貴が泣いていたから。

 初めて兄貴が泣くところを見たから。

 凄く、凄く、悪い事をした様な罪悪感と、兄貴と出会えた安心感から爆発した様に泣いた俺を、兄貴は強く抱き締めてくれた。

『ごめんな。惟弦。ごめんな。一人にして。怖かったろ? 本当にごめん』

『に、ひっく……ちゃ……ひっ、く』

『お兄さん、凄く心配されて必死に探されていたのよ』

 そう言って顔を覗き込んで来た女の人は、園内の迷子を見付けては迷子センターまで連れて行ってくれる女の人だった。

『まだ小さいからおトイレも一人でいけないし、お腹が空いても何も買えないし、って』

 その言葉を聞いて益々悲しくなった。

 その時は何故悲しくなったのか判らないけど、今考えるとそれだけ兄貴を心配させた事への罪悪感かもしれない。




「えっと……。名前、言えるかな?」

 目の前の泣きそうになってる男の子の目線に合わせる為にしゃがみ込んで訊けば、

「さとる……。せら、さとる……」

 消え入りそうな小声だったけど、それでもしっかり自分の名前を名乗った。

 って、えっ?

“せら”って……、“世良”!?

 男の子から名前を聞いた瞬間、浮かんだのはふてぶてしいほど男らしく厳つい男の顔だった。

 まさか、ねぇ〜……。

 だけどこの辺に“せら”という苗字の家に心当たりがない。

 とはいえ心当たりのある“世良”の家どころか電話も知らないけどな。

 特別親しい訳ではないし、ちょっとした切っ掛けでお互いの名前を知り合った、只の顔見知りだ。

「お家の住所―――とか言える訳ないよな」

 俺の言葉に不安そうな顔をした男の子は首を傾げただけだった。

「参ったなぁ〜」

 道場の前で困ってる俺に声を掛けてきた人が居た。


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