[3] 「先生。何時もお世話になっております。これ、つまらない物ですが良かったら召し上がって下さい」 声を掛けて来たのは、うちの道場に通ってる子供のお母さんだった。 「あっ。す、すいません。ありがとうございます」 実は無料で子供達の面倒を見ている所為か、お母さん方からこうやって物を貰うのは珍しくない。 「引っ込み思案で内気な子だったので、引越しして来て友達が出来るか凄く不安だったんですが、こちらに通わせて頂いた御蔭ですっかり周りと馴染んだみたいで。本当に感謝してますわ。無料だなんて心苦しい限りです」 子供達のお母さんに共通する事は、こっちにお構い無しに喋り続ける事だ。 と、その時。俺の足元に居る子供に気付いたのか、腰を屈める様にして子供の顔を覗き込んだ。 「え? 聡君? どうしてこんな処に居るの?」 「ご、ご存知なんですか?」 □□世良一嘉□□ 「はあ? 聡が居なくなった? 居なくなったってなんだよ。親父! 今日は遠足に行ってんだろ!?」 [そ、それが保育所の先生から連絡が入って……。気が付いたら居なくなっていた、と……] 「気が付いたら居なくなっていただってぇ!? なんだよ、そのいい加減さ!」 親父に当たっても仕方がないと思いつつ、大声が出てしまう。 [と、兎に角。僕も今から学校を出て聡の遠足先に向うから……。その。一嘉は何か連絡が入ったら僕の携帯に入れてくれないか?] 「判ったよ……」 本当は俺も捜しに行きたいけれど、自宅の電話に連絡が入る可能性は大きい。 結局俺は苛々しながら家で待つ事になった。 それにしても。何やってんだ!? 保育所の先生は。聡はまだ3歳なんだぞ! しっかり面倒見てくれなきゃ困るじゃないか。 保育所の先生の苦労など露程知らない俺は、不安や苛々を誤魔化す為に保育所の先生に腹の中で当たり撒くっていた。 僅かな時間の間に何回親父にメールを入れただろう。 自分でもこんなに聡の事を心配するとは思わなかった。 全然俺に懐かない、鬱陶しいクソ餓鬼だと思っていたから。 1分が1時間に。1時間が永遠に感じられて、耐えられなくなって立ち上がった時。 玄関のチャイムが鳴った。 ≪BACK NEXT≫ ≪目次 ≪TOP |