[5] 「だからって、遠足の途中で帰ってくんな。兄ちゃん、本気で心配したんだからな」 「ごめんなさい……」 小さく謝った聡を目一杯抱き締めた。 □□仁科惟弦□□ 世良が弟抱き締める光景を見て、俺に芽生えた感情は。 正直“羨ましい”だった。 だけどそれが世良に対してなのか聡君に対してなのか、俺にも判らなかった。 「けど、遠足場所がお前の家の近所の公園で助かったぜ」 世良がどうしてもコーヒーでも飲んでいけ。というのでお言葉に甘えて家に上がらせて貰った。 「0歳児から3歳児までの遠足だからそう遠くには行かないだろうけどさ」 珍しく世良が喋りながら、コーヒーを淹れてくれる。 いや、珍しいというのはおかしいか。 だって俺は世良の事は何も知らないんだから。俺とは喋る事がないだけで、これが本来の世良の姿かもしれない。 聡君は歩き疲れたのか、ソファで眠っていた。 「ったく、しょうがねぇー奴……」 そんな聡君を見る世良の瞳は凄く優しかった。 「弟……。居たんだ」 ボソッと呟くと、俺の前にコーヒーを置いた世良が肩を竦めながら、 「随分歳離れてるから吃驚したか?」 と訊いてきた。 「いや。俺にも15歳離れた兄貴が居たから」 「居たから?」 俺の前に座った世良が、俺の言葉を繰り返す。 「あっ、と……。亡くなったから」 「あっ……。悪りぃ」 「いや、こっちこそ……」 正直失敗したと思う。誰だってそう言われれば気を使うし、悪い事をしたと思うだろう。 おまけに何を喋っていいのか判らなくなってしまう。お互いに。 俺達は沈黙のままコーヒーを飲んでいた。 コーヒーも飲み終わるという時、世良が突然口を開いた。 「でも俺―――。ついさっきまで、こいつに兄貴と思われてるとは思ってもみなかった。こいつの兄貴だって自覚もなかったけどな」 「な、んで……? 兄弟……だろ?」 世良が自嘲気味に笑う。 それが何だか寂しそうで……。 「戸籍上はな。でも血は繋がっていない。俺とこいつは。俺と親父も。親父とこいつも」 え? ≪BACK NEXT≫ ≪目次 ≪TOP |