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◇◇池坊拓人◇◇


 男の自制心など、トイレットペーパーより薄い。

 って、言っていたのは誰だっただろう。

 おまけに直ぐに溶けて流されちまう。

 本当はもう少し大人だと思っていた。自分の事を―――。

 なのに気が付いたら羽須美に襲い掛かっていた。

 目の前の、涙を溜めて身体を小刻みに震わせてる羽須美を見て、罪悪感と後悔で一杯になる。

「…………ごめん……」

 俺が俯きながら謝っても、羽須美は何も言わなかった。

 ただ羽須美が鳴らした喉の音だけが、やたら大きく聞こえた。

 暫くはどちらからも話し掛ける事が出来なくて、動く事もままならなかった。

 俺が少しでも動くと、羽須美がビクっと身体を強張らせるからだ。

 本当に、何て事をやっちまったんだろう……。俺。

 情けない事に何だか涙が出そうになってきた。

 その時。

「あ、あの……。今日は、帰るね…………」

 羽須美が立ち上がってオズオズとそう言った。

「あ、ああ……。気ぃ、付けて…………」

 同じマンション内で気を付けてもないが、それしか言葉は出て来なかった。

 俺の言葉に羽須美が薄っすらと笑った様な気がした。

 そして逃げる様に帰って行った。

 俺はこの夜、どっぷりと自己嫌悪に浸った。


◇◇天王寺羽須美◇◇


 ど、ど、どうしょう……。

 どうしょう……。

 殴っちゃったよ。思いっ切り。

 別に嫌だって訳じゃなかった。

 ただ怖かっただけ。

 エッチが怖かった訳でも拓人が怖かった訳でもない。

 ……ちょっとだけ、拓人の事も怖かったかな。知らない男の人に見えて。

 でも一番怖かったのは身体を触られて、拓人に改めて俺が男だと判ってしまう事。

 やっぱり女の方がいいって思われるのが怖かった。

 見ると俺の右手には、拓人の漫画の本が握られたままだった。


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