[10] ◇◇池坊拓人◇◇ 男の自制心など、トイレットペーパーより薄い。 って、言っていたのは誰だっただろう。 おまけに直ぐに溶けて流されちまう。 本当はもう少し大人だと思っていた。自分の事を―――。 なのに気が付いたら羽須美に襲い掛かっていた。 目の前の、涙を溜めて身体を小刻みに震わせてる羽須美を見て、罪悪感と後悔で一杯になる。 「…………ごめん……」 俺が俯きながら謝っても、羽須美は何も言わなかった。 ただ羽須美が鳴らした喉の音だけが、やたら大きく聞こえた。 暫くはどちらからも話し掛ける事が出来なくて、動く事もままならなかった。 俺が少しでも動くと、羽須美がビクっと身体を強張らせるからだ。 本当に、何て事をやっちまったんだろう……。俺。 情けない事に何だか涙が出そうになってきた。 その時。 「あ、あの……。今日は、帰るね…………」 羽須美が立ち上がってオズオズとそう言った。 「あ、ああ……。気ぃ、付けて…………」 同じマンション内で気を付けてもないが、それしか言葉は出て来なかった。 俺の言葉に羽須美が薄っすらと笑った様な気がした。 そして逃げる様に帰って行った。 俺はこの夜、どっぷりと自己嫌悪に浸った。 ◇◇天王寺羽須美◇◇ ど、ど、どうしょう……。 どうしょう……。 殴っちゃったよ。思いっ切り。 別に嫌だって訳じゃなかった。 ただ怖かっただけ。 エッチが怖かった訳でも拓人が怖かった訳でもない。 ……ちょっとだけ、拓人の事も怖かったかな。知らない男の人に見えて。 でも一番怖かったのは身体を触られて、拓人に改めて俺が男だと判ってしまう事。 やっぱり女の方がいいって思われるのが怖かった。 見ると俺の右手には、拓人の漫画の本が握られたままだった。 ≪BACK NEXT≫ ≪目次 ≪TOP |