[11]


 あくる朝。拓人は俺を起こしには来てくれなかった。

 拓人に起こされて何とか遅刻せずに学校に行っている俺だが、今日はその遅刻の心配もない。昨夜は一睡も出来なかった。

 朝食も食べないで、学校に向う。

 拓人に会っても何を言っていいのか判らないと思う。

 でも会わなきゃ。

 会って伝えたい。

 上手く伝えれるかどうか判らないけど、言わなきゃきっと後悔する。

 拓人はきっと倶楽部の朝練だろうと体育館に直行した。

 体育館の窓から中の様子を伺おうと裏手に回った時、そこで抱き合ってキスしていた拓人を発見した。

 一瞬息が止まるかと思った。

 何故か頭の後ろが殴られたみたいにズキズキする。急に耳鳴りが襲ってきて本当に倒れるかと思った。

 倒れてしまえば楽だったんだろうか?

 でも俺は倒れなかった。段々と身体の中の血が引いた様な感覚と一緒に、目の前の現実を受け止められる様になる。

 目の前の現実。

 それは拓人が剣道部の新川亜矢とキスしている事だった。

「て、天王寺君?」

 拓人は俺に背を向けていたが、俺の方を向いていた新川亜矢がキスが終わったと同時に俺に気が付いて慌てた。

「羽須美?」

 新川亜矢に遅れて拓人も俺の方に振り返る。

 目と目が合って―――拓人が逸らした。

 ……ああ、ついにくるべき時がきたんだ。

 何だかさっきまでの耳鳴りと頭痛が取れたら、今度は急に冷静になってくる。

「あ、あたし……。先に行ってるね」

 新川亜矢が自分の事を“あたし”と言った。拓人は何時も新川亜矢の事を「女の癖して自分の事を“俺”って言うんだぜ。あいつ」と言っていた。

 もしかしたら拓人はずっと新川亜矢の事が好きだったんじゃないのかな。

 だからあんなに意識してたんじゃないのかな。

 お互いに―――。

「羽須美……」

 何も言えず、そこから動けず、ただ突っ立っていた俺に拓人が擦れた声を掛けた。


≪BACK  NEXT≫
≪目次
≪TOP