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 こんな言い方をすると大人は笑うかもしれないけど、ある日突然世界が広がる。

 どれだけ親しくしていた幼馴染みや友達も、例えば俺がスノーボードに興味を持って相手がそういう事に全く興味を示さなかったら、何時しか俺の一番親しい仲間はスノーボード仲間になる。

 それまでは俺の世界は小さな限られた箱の中の様なものだから。

 家の近所の同い年くらいの子供で、親同士が仲が良いとか、実は自分で選んだ訳ではなく、状況で遊ぶ相手が決まっていたと言ってもいいだろう。

 それが少しずつ自分の足で世界を広げていける様になる。

 正直、最初は羽須美の事なんて全然思い出さなかった。

 女の子とデートする事や新しい友達の存在に気を取られて。

 それが何時から“羽須美の顔が見れなくて寂しい”と、思う様になったんだろう。

「なあ、羽須美……。それって誘ってんの?」

 ベッドの上に仰向けになって漫画の本を読んでいる羽須美の上から覆い被さってそう言った俺の声は、自分でも吃驚するくらい掠れていた。


◇◇天王寺羽須美◇◇


 行き成り自分の手元が暗くなって、ふと顔を上げたら拓人の格好良い顔のドアップだった。

 誘ってる? 何処に?

 一瞬拓人の言った意味が判らなくて、奴の顔をマジマジと見てしまう。

 こうやって間近で見ても格好良いよな。拓人の顔って……。

 人間顔じゃないっていうけど、やっぱ顔とスタイルは大事だよ。うん。

 俺なんて母親にまで『本当に在り来たりの顔になっちゃったわねぇ〜。ちっちゃい頃は必要以上に太ってった所為か、笑うとニチャって感じで、ブス可愛かったのに。今じゃ何の特徴もない顔になっちゃうんだから』なんて言われる有様だ。

 つか、言い過ぎ! これだから最近の親は。

 なんて関係のない事をツラツラと考えていたら、拓人の顔が段々近付いてきた。

“キスされる”と思ったから、俺も自然と目を閉じた。

 だけどそのキスは何時ものキスとは全然違った。

 拓人の濡れた舌が俺の歯列をなぞる。そしてそのまま吃驚して身を引き掛けた俺の口腔に無理矢理侵入してくると、喉の奥までまで舐められるんじゃないかと思うくらい、蹂躙される。

 息もろくに出来なくて、苦しくなってもがく俺の身体を押さえ付ける様にして拓人が伸し掛かって来る。

 そして拓人の手が俺のトレーナの裾から侵入して来て胸の辺りまで上がってきた。

 その瞬間、俺は渾身の力を籠めて、手にした本で拓人の頬を思いっ切り殴っていた。


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